▲北野天満宮
京都の菅原道真ゆかりの地巡り
今回は京都にある菅原道真ゆかりの地を巡ります。
京都にある菅原道真とゆかりのある場所を巡りながら、菅原道真について考えます♪
①北野天満宮
②京都御所
③菅原院天満宮神社
④菅大臣神社
⑤錦天満宮
⑥醍醐天皇陵
▲本殿
菅原道真ゆかりの地|①北野天満宮
京都で菅原道真ゆかりの地と言えば、
やっぱり北野天満宮が1番有名なスポットですよね。
北野天満宮は学問の神様としても信仰されていますので、京都にお住まいの人だけでなく、多くの修学旅行生も参拝に訪れる人気の神社です。
北野天満宮の特別なポイントは天皇や天皇家の血筋でもない、普通の人間である菅原道真が祀られているところです。
北野天満宮が建てられる以前の神社では、人間であれば天皇や天皇家の人だけが祀られる資格を持っていましたが、神社の歴史で初めて天皇家ではない菅原道真が祀られました。
それだけ当時の人々から特別な存在だったことが伺えます。
それから菅原道真が生きていた頃に、道真が北野天満宮のある土地と何かゆかりがあった訳ではありません。
参考:「北野天満宮レビュー記事」
▲紫宸殿
②京都御所
続いての目的地は京都御所です。
京都御所は天皇が暮らした住まいでもあり、当時の日本の政治の中心地でもありました。
右大臣まで昇進した菅原道真もここで働いていましたし、左大臣の藤原時平や天皇と共に重要な政策を決定していました。
そして京都御所は清涼殿落雷事件が起きた場所でもあります。
この悲劇的な自然災害によって菅原道真を大宰府に左遷させた関係者が死亡したことから、当時の人達の間では菅原道真の祟りが原因と考えられるようになりました。
参考:「京都御所レビュー記事」
▲本殿
③菅原院天満宮神社
せっかく京都御所に行くなら、御所の西側にある菅原院天満宮神社にも行ってみましょう。
菅原院天満宮神社は菅原道真が生まれた場所として知られています。
境内には道真が生まれた時に使われた産湯の井戸水が現在も利用されていますので、受験を控える学生や資格試験に挑戦中の人にもご利益ありそうです♪(菅原道真が生きてた頃には縁もゆかりもない北野天満宮よりご利益あるのでは?)
参考:「菅原院天満宮神社レビュー記事」
▲本殿
④菅大臣神社
実は京都には道真が生まれた地と言われる場所がいくつかありまして、菅大臣神社もそのうちの1つです。
先にご紹介した菅原院天満宮神社と同じく菅大臣神社も道真が生まれた場所と言われています。
こちらには菅廊下と言われる、道真が先生を務める学習塾のような施設もあったと伝わっており、菅原院天満宮神社と菅大臣神社のどちらが本当の道真が生まれた場所なのかわかりません。
ちなみに私はまだ行けていないのですが、吉祥院天満宮(京都市南区)も道真が生まれた場所と言われていますので、素人には何が本当かわかりませんね。笑
参考:「菅大臣神社レビュー記事」

⑤錦天満宮
京都の台所とも呼ばれる錦市場の東端にある錦天満宮。
菅原道真が学問の神様として信仰されるのは、実は江戸時代以降からと言われています。
それ以前は商売の神様として信仰されていたので、全国各地の天満宮で市場が開かれたり、一般庶民の生活に身近な存在として親しまれてきたそうです。
錦天満宮は豊臣秀吉による都市政策によって現在地に移動させられた経緯があるのですが、賑やかな錦市場を見れば江戸時代以前の各地の天満宮が人々から慕われた姿が少しだけ想像できます。
参考:「錦天満宮レビュー記事」
▲醍醐天皇陵
⑥醍醐天皇陵
菅原道真が大宰府に左遷された時の天皇が醍醐天皇でした。
左大臣の藤原時平と組んで道真を失脚させた説もあり、その説を元にして醍醐天皇が地獄に落ちた姿を描く物語や絵画も存在します。
今回ご紹介するスポットの中では一番アクセスが悪いです。笑
▲北野天満宮のもみじ苑
菅原道真が大宰府に左遷させられた理由
なぜ菅原道真は大宰府に左遷させられた?
学校の授業では藤原氏の血筋でもない道真が右大臣まで出世したことに対して、他の貴族達の嫉妬が原因と習った記憶があります。
大人になってから「お金の流れで読む日本史」という本を読んでから、道真のことが好きになりました。
ネタバレになるので詳しくは言いませんが
ざっくり言うと菅原道真は国を良くするために腐敗した政治を改革しようとして、腐敗の原因を作っている藤原氏や貴族達の邪魔になったから左遷された説を知りました。
この説に近い世界線で描かれた「あるじなしとて」という歴史小説も好きで、私の中で菅原道真の評価が爆上がりしており、今回のような菅原道真ゆかりの地を巡る記事を書いてみました。
まだまだ私が知らない道真ゆかりの地があると思いますが、もし良かったら教えて頂けると嬉しいです。