京都の歴史修学旅行レポート

八坂神社の歴史を修学旅行レポートとして提出します。

八坂神社舞殿

八坂神社本殿祇園造
▲八坂神社本殿

八坂神社の歴史を修学旅行レポートとして。

こんにちは。
今回は京都にある八坂神社(やさか神社)の歴史について記事にしました。

八坂神社は京都の中でも最も観光客で賑わう祇園(ぎおん)の町のトレードマークとも呼べる神社です。
「京都らしい光景」と言えば、京風の風情ある町屋が並ぶ中を着物姿の舞子さんが歩いていく光景を頭に思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?

そして祇園は正に京都らしい光景が広がる繁華街であり、舞子さん達がお仕事をしている町であり風情が漂う町になります。
最近ではタレントのタモリさんが出演されているNHKの「ブラタモリ」で祇園周辺を取り上げていました。

そして今回はそんな祇園の町に佇む八坂神社の歴史について、修学旅行レポートを担任の先生に提出するつもりで記事にしてみました。

八坂神社本殿
▲八坂神社本殿

八坂神社の歴史

八坂神社の歴史は古く奈良時代や平安時代の頃からこの地に存在していたと伝わっており、日本の都が京都の平安京に遷る前から存在していたとも言われています。

八坂神社の創建された理由は諸説ありますが、牛頭天王(ごずてんおう)と呼ばれるインドの疫病の神様を祀るために作られたと言われています。
現在では八坂神社という名前ですが、平安時代から明治時代までは祇園社という名前で呼ばれており、祇園社の境内にお寺と神社が一緒に存在していました。

ところが明治時代に実施された神仏分離令によって、明確にお寺と神社が区別されることとなり現在の形になりました。
ちなみに明治時代までは八坂神社だけでなく、日本中の神社とお寺は同じ境内の中で共存しており、神仏習合(しんぶつしゅうごう)と呼ばれる日本の神様と仏教の神様が明確に区別されていない日本独自の宗教観が常識となっていました。

その文化を象徴するように八坂神社の本殿は祇園造りと呼ばれる独特の建築様式で建築されており、神社の中でも最もお寺の特徴を残しています。
祇園花見小路エリア
▲祇園の光景

八坂神社はもともと祇園社という名前でした。

祇園という言葉は日本人なら一度は学校の授業で耳にしたことがあるはずです。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。。。」

と平家物語の冒頭文を古文の授業で暗記させられたのは私だけではないのではないでしょうか?。。。私の学校だけかな?

祇園とはインドにある地名のことであり、仏様である釈迦が説法を行った場所になります。そして八坂神社ではインドで信仰されている牛頭天王を祀っていたことから、祇園社という名前が付けられたのでした。

現在では牛頭天王は日本の神様である素戔嗚尊(すさのうのみこと)の化身であるとして、牛頭天皇ではなく素戔嗚尊が祀られていますが、初めは牛頭天王が祀られていました。
八坂神社舞殿
▲八坂神社の舞殿

なぜインドの疫病の神様が祀られていたのか?

現代のように医療や科学が発達していなかった時代では、病気や疫病が流行すると神様が怒っていることが原因であると考えられていました。
そのため疫病が町中で流行ると、人々は神様の怒りを鎮めるためにお祈りをしたり、神様が喜んでくれるようにお祭りをするようにしていました。

この習慣は個人レベルではなくて国家レベルで疫病を鎮めるために真剣に祈ることもあり、八坂神社は京都で流行る疫病を鎮めるために作られました。そして人々の間で疫病を引き起こす神様としてインドの牛頭天王が知られていたのです。

何でインドの神様かと言うと、学校の授業でも仏教は中国や朝鮮から日本に入ってきたと習いましたが、仏教発祥の地はインド地方になります。まずはインドから中国に仏教が伝わり、さらに何年も経ってから中国から朝鮮や日本にも伝わってきました。
そのため仏教と一緒にインドで信仰されている神様も伝わってきており、当時の人々の間では疫病を引き起こすのは牛頭天王であると考えられていたのです。

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八坂神社南楼門
▲八坂神社の南楼門

牛頭天皇の逸話

八坂神社は疫病の神様である牛頭天王が祀られています。(現在は素戔嗚尊)
牛頭天王はインドで信仰される神様で牛の角が頭に生えた力強い神様です。漫画のドラゴンボールに登場する孫悟空の奥さんであるチチさんのお父さんである牛魔王のモデルになっている神様でもあります。

牛頭天王は日本では疫病の神様としてインドから伝わってきまして、牛頭天王が疫病の神様になったあるエピソードがあります。

牛頭天王は自分のお嫁さんを探すために旅をしていた際に、夜も遅くなってきたので民家に泊めてもらおうと巨旦将来(こたんしょうらい)という名前のお金持ちの家を訪れました。

しかし巨旦将来は牛頭天王が宿泊することを拒否したため、牛頭天王は近くの蘇民将来(そみんしょうらい)という名前の貧乏な家に泊めてもらうことにしました。蘇民将来は牛頭天王が宿泊することを喜び、厚くおもてなしをしたそうです。

その後に牛頭天王は疫病の神様となり世の中を恐怖に落とし入れるようになり巨旦将来は呪い殺されてしまうのですが、家に泊めてくれた蘇民将来の子孫には手を出しませんでした。

そのため家のドアに「蘇民将来」と書かれたお札を貼っておくと、病気や疫病にかかることがないというおまじないのような習慣が現在でも続いています。
このエピソードは疫病の恐ろしさを人々に伝えると共に、困っている人がいれば親切に助けることで良いことがあるという道徳心を伝える一面もありますね。
祇園祭風景
▲山鉾のひとつ wikipediaよりお借りしました。

八坂神社と祇園祭

日本三大祭のうちの一つである祇園祭は、まさに元祇園社である八坂神社のお祭りです。
町中で流行った疫病を鎮めるために、疫病の神様である牛頭天王の怒りを鎮めるに人々がお祭りをしたことが発祥となっています。

毎年7月1日から1ヶ月間に渡って行われる夏の京都で最大のお祭りになります。期間中でも特に前祭りの17日と後祭りの24日には、山鉾と呼ばれる巨大な御輿に車輪が付いたものが約30台も京都の繁華街のど真ん中の道路を人々が押して進んでいきます。

元々は現在の祇園祭のように大規模なお祭りではなかったのですが、時代を経るにつれて多くの庶民が参加して京都の町人みんなで楽しむお祭りとなりました。
現在の八坂神社は観光名所であり、縁結びのご利益があることでも知られていますが、本来の疫病を防ぐご利益を知って参拝している人は少ないかもしれませんね。

八坂神社へのアクセス方法

八坂神社へは京都駅からバスで清水寺方面に向かうバスで行くか、電車で行く場合は京都駅から1駅先の東福寺駅で京阪電車に乗り換えて2駅先の七条駅を降りてから徒歩10分程で到着します。

八坂神社は観光地である祇園にありますので、京都旅行の際には多くの観光客の目に止まると思います。また近くには清水寺や建仁寺、縁切り神社として有名な金毘羅宮も近くにありますので、祇園でお土産を買いながら一緒に巡ることをおススメします。
八坂神社西楼門
▲八坂神社の西楼門

ちなみに私でしたら京都駅から市営地下鉄で四条駅で降りた後、歩いて約15分ほどかけて八坂神社を目指します。
京都で一番の繁華街である四条界隈を歩きながら途中で鴨川や祇園を通ることになるので意外とすぐに八坂神社に行くことができます。

八坂神社の境内は円山公園と繋がっていますので、広い公園でひと休みしながら、坂本龍馬像も一緒に見ていくこともおススメです。
円山公園坂本龍馬像
▲円山公園の坂本龍馬像(左)