▲坂上田村麻呂墓の石碑
坂上田村麻呂墓|伝説の征夷大将軍
今回は坂上田村麻呂のお墓に行ってきました。
京都を代表する清水寺を建てた坂上田村麻呂。
学校の教科書では征夷大将軍として東北地方へ侵略したことを習いました。
①誰も興味ない
②伝説の征夷大将軍
③京都の守り神
④清水寺建立
▲坂上田村麻呂公園
誰にも知られず眠る英雄
坂上田村麻呂のお墓は山科区にひっそりとあります。
静かな住宅街の公園の一角にぽつん。
近所の子供たちが墓前で遠慮なくサッカーやドッジボール。笑
ここが学校の教科書にも登場する坂上田村麻呂のお墓なのか!?
お墓の周りは石の柵で囲われていますが自由に入り放題♪
サッカーしてたらボールが入ることもありえますし。
誰も興味ない雰囲気に思わず笑ってしまいました。
▲横から
敵から京都を守る守護神
坂上田村麻呂と言えば、教科書には征夷大将軍として現在の東北地方へ侵略し。
蝦夷と呼ばれる人達を朝廷の支配下にすることに貢献したと習いました。
京都では特に清水寺を建てた人物として知られています。
坂上田村麻呂は征夷大将軍としての功績や薬子の変の鎮圧など。
生きていた頃は兵士として負けなしの大活躍で天皇からも信頼され。
世間からも伝説級の存在として人々から尊敬されていました。
その圧倒的な強さにあやかり。
京都への入口にあたるこの地にお墓が建てられ。
敵からの侵略を守る京都の守り神として死後も役目を与えられている訳です。
▲ぽつん
今も立ったまま眠る
言い伝えによれば坂上田村麻呂は棺の中で立ったまま埋葬されています。
お墓の外からはわかりませんが。
坂上田村麻呂のご遺体は鎧を装備したまま棺に納められ。
棺も横向けではなく縦にされて、まるで立った状態で土の中で眠っています。
それも生前の圧倒的な武の功績にあやかり。
京都を敵の侵略から守って欲しい人々の願いが込められています。
後の時代では京都から出陣する際は坂上田村麻呂のお墓で勝利祈願も行われ。
伝説の武の神となった坂上田村麻呂は武士からも篤い信仰を受けました。
▲清水寺
清水寺建立
京都を代表する観光スポットの清水寺。
清水寺は坂上田村麻呂によって建てられたお寺です。
現在ではそのことを知る人は少ないと思いますが。
平安時代には武神として有名な坂上田村麻呂にあやかって。
自身の病気に打ち勝ちたい、大切な家族の病気が治癒することを願ったり。
京都から離れる際に旅の無事を願うなど。
貴族から一般市民まで多くの人が参拝しましたし。
現在でも多くの人が訪れる場所として愛され続けています♪
京都移住してから清水寺の存在が身近になり。
清水寺が無かったら京都じゃないほどの存在感を感じています。
お墓に行くのは大変なので。
代わりに坂上田村麻呂を思いながら清水寺に行くことにします♪
坂上田村麻呂のお墓への行き方
地下鉄椥辻駅から徒歩30分ほど。
駅から西へ、新十条通沿いをひたすら歩きましょう。
いずれ坂上田村麻呂のお墓の案内板が見えますので。
その通り進めば到着です。
(京都駅から椥辻駅まではJRで山科駅まで乗り、地下鉄に乗り換えます。乗車賃410円:乗車時間:15分)