▲木嶋坐天照御魂神社の鳥居
木嶋坐天照御魂神社の歴史を修学旅行レポートにて。
こんにちは。
今回は通称、蚕の社(かいこのやしろ)こと木嶋坐天照御魂神社の歴史について記事にしました。
木嶋坐天照御魂神社(このしまあたてるみたま神社)は京都市内の太秦(うずまさ)と呼ばれるエリアにある神社になります。
映画やテレビなどで時代劇を撮影する際に使用される東映太秦映画村や、聖徳太子を祀ることで知られる広隆寺の近くに木嶋坐天照御魂神社はあります。
また蚕の社には一般的な神社にある鳥居とは雰囲気の違う、三柱鳥居があることからパワースポットとして密かに知られています。
ただし他県にお住まいの人で木嶋坐天照御魂神社の存在を知っている人は非常に少ないと思います。
そこで今回は蚕の社とも呼ばれている木嶋天照御魂神社の歴史を修学旅行レポートとして学校の担任の先生に提出するつもりで記事にしてみました。
▲木嶋坐天照御魂神社の本殿
誰が蚕の社を建てのか?
木嶋天照御魂神社は701年に創建され、知名度の低さに関わらず長い歴史を持つ神社です。
日本の都が京都の平安京に遷る前からこの地に木嶋坐天照御魂神社は存在していました。京都は都として発展する前に、秦氏と呼ばれる中国大陸からの渡来人達が暮らしており、木嶋坐天照御魂神社はその秦氏によって建てられました。
秦氏が中国から海を渡って京都へ移住する前の京都にはもちろん日本人が住んでおり、農業を営みながら豊作となれば地域の神社に集まって神様に感謝するような日本の原始的な生活を送っていました。
神社は日本にしかない文化ですが、秦氏は京都へ移住した際に元々この地で暮らしていた日本人の習慣が文化を尊重し、日本文化に合わせて神社を建設したと言われています。
秦氏が生まれ育った中国の文化を前面に押し出すのでなく、日本人の文化に合わせることで軋轢や争いが起きないように溶け込んだと言われています。
▲元糺の森
元糺の森と糺の森
木嶋坐天照御魂神社の境内には元糺の森(ただすの森)と元糺の池(ただすの池)と呼ばれる森と池があります。
京都が好きな人なら聞き覚えのある単語かと思いますが、世界遺産でもある下鴨神社に糺の森がありますね。
糺の森は縄文時代から植生が変わっていない森として知られていますが、木嶋坐天照御魂神社の元糺の森はその名前の通り、元々はここが糺の森でした。
▲下鴨神社の糺の森は下鴨神社の参道となっている。
秦氏と賀茂氏と桓武天皇
平安京遷都に伴って、糺の森と糺の池は下鴨神社へと移管されたと言われています。
現在の糺の森と池には川が流れていますが、元糺の森と池の水は枯れてしまっているので場所を移管したのか?
それとも下鴨神社のある地域を支配していた賀茂氏と呼ばれる日本人一族と良好な関係を築くために名前と機能を移したのかもしれません。
当時は元糺の森は身を清める神聖な場所として貴族や天皇家も足を運ぶ場所でしたが、平安京遷都後は代わりに下鴨神社と上賀茂神社が天皇家の守り神の役目と身を清める機能を行うようになりましたので、何か協定のようなものがあったのかもしれません。
▲三柱鳥居
秦氏とは何者なのか?
秦氏とは中国の秦王朝の生き残りだとする説があります。
中国は日本よりも長い歴史の中で多くの王朝が建国された一方で、新しい王国に倒された側の王国の人々は場合によっては一人残らず滅ぼされる厳しいこともありました。
秦氏もそれに漏れず、秦王朝滅亡後に中国大陸を逃れて日本にやって来たとする説があります。説がありますという意味は、秦氏のことは現在も不明なことが多くて情報が確定していなからです。
当時は日本よりも中国のほうが知識も医学も技術もほとんどの分野で発展していたので、中国からやってきた秦氏の知識は日本人にとっては価値のあるものでした。
特に服や布を作る機織り技術や、薬草や医学知識、立派な家やお寺を建てる建築技術、お酒を造る造酒技術は当時の日本人には無いものばかり。
そこで日本の天皇家や貴族達は秦氏を優遇して、彼らの知識を利用することにしました。
▲元糺の森の鳥居
平安京実現は秦氏の影響力のおかげか。。。
そして朝廷は秦氏に京都に土地を与え、秦氏は朝廷から信頼を得る存在となりました。
聖徳太子も秦氏とは良い関係を築き、現在では国宝となっている弥勒菩薩半跏思惟像を秦氏に与えました。
その後も秦氏は京都を拠点にし、観光名所である嵐山エリアを開拓したり、松尾大社や広隆寺、千本鳥居で有名な伏見稲荷大社も秦氏によって建設されました。
日本の都を奈良から京都へ遷すことを決断した桓武天皇も秦氏とは良い関係を築いていたことから京都という土地に目を付けたとも言われています。
▲三柱鳥居
三柱鳥居にはどんな意味が込められているのか?
木嶋坐天照御魂神社には三柱鳥居(みはしら鳥居)と呼ばれる不思議な形をした鳥居があります。
3つの鳥居が合わさった形をしており、三柱鳥居にどんな意味があるのか興味をそそられますが、結論ははっきりした理由は不明です。
一説には3つの鳥居が秦氏とゆかりのある神社の方角を向いているとも言われています。
正面を向いているのは木嶋坐天照御魂神社の鳥居であり、西を向いている鳥居は西にある松尾大社、東を向いている鳥居は伏見稲荷大社を向いており、秦氏の繁栄を象徴するものとも言われています。
蚕の社こと木嶋坐天照御魂神社へのアクセス方法
木嶋坐天照御魂神社は東映太秦映画村や広隆寺の近くにあります。
そのため京都駅からJR山陰本線に乗って太秦駅で降りた後に徒歩で木嶋坐天照御魂神社のに向かうのが良いかと思います。
(京都駅から太秦駅までは5駅。乗車時間:14分。乗車賃:200円)
また京都駅前には各観光地行きのバスも運行していますので、バスで広隆寺前で降りた後に徒歩で行くことも可能です。
(バスで京都駅から広隆寺まで行く場合:乗車時間:30分 乗車賃:230円)
ただし私個人的には京都でバスに乗ると渋滞や満員バスに巻き込まれることが多いので、京都ではバスを極力使いません。。。