京都の歴史修学旅行レポート

大原の勝林院の歴史を修学旅行レポートとして提出致します。

勝林院紅葉

勝林院本堂
▲勝林院の本堂

勝林院の歴史を修学旅行レポートとして。

こんにちは。
今回は京都大原にあります勝林院の歴史について記事にしました。

勝林院(しょうりん院)は京都市の都心部から車で約1時間ほど離れた山間にある農村地域、大原にあるお寺になります。
大原と言えば三千院が観光名所として最も有名なお寺となっており、その他の大原にあるお寺の存在はあまり知られていないと思います。

勝林院は三千院の隣に位置していることから、三千院を観光した後に勝林院にも足を運ぶことができます。
しかし他県にお住まいの人で勝林院のことを知っている人は非常に少ないと思います。
そこで今回は勝林院の歴史について修学旅行レポートを学校の担任の先生に提出つもりで記事にしてみました。

勝林院本堂
▲勝林院

誰が勝林院を建てのか?

勝林院は平安時代末期1013年に延暦寺の僧侶円仁の弟子達によって建てられました。

円仁と言えば、天台宗を設立した最澄の弟子にあたる人になります。
円仁の頃から大原は京都都心部で暮らすお金持ちである貴族達を天台宗の信者にするための拠点として発展してきました。

勝林院と紅葉
▲勝林院の紅葉

声明発祥の地として

また勝林院は声明(しょうみょう)を発展させてことでも知られています。
声明とは仏教音楽と言いますか、仏典に節をつけた仏教音楽のひとつ。
鎌倉時代に法然や親鸞が念仏を唱えることを広めたことで声明は衰退していきましたが、声明はキリスト教で言うところの賛美歌のようなものと言えるかもしれません。


当時の貴族達は美しい声明を聞くことで、仏教の世界を想像し仏教へ帰依しました。
都会から離れた自然豊かで静かな大原の地で、神秘的な声明を聞くことで心が洗われた貴族達がたくさんいたのではないでしょうか?
声明はある意味、貴族達を信者として取り込む手段としても利用されていたのでした。

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京都大原の田園風景
▲大原の景色

大原の役割

延暦寺は比叡山の山頂に建てられていることから、町に住む貴族達が頻繁に訪れることはできません。
また延暦寺の僧侶達も仏教の厳しい修行に集中するためにも、都会から離れたほうが都合が良い場所でした。

しかしお寺の活動を続けるためにはお金が必要ですので、延暦寺の僧侶達もお金を寄付してくれる信者を獲得しなければなりません。
そこで比叡山の麓にありながら、都会からも少し離れた大原の土地が昔から貴族達が仏教活動をする場所として発展することになったのでした。

勝林院紅葉
▲紅葉から本堂

法然の存在を世の中に知らしめた舞台

勝林院は浄土宗を設立した法然が世の中の人にその名前を広めることとなった出来事の舞台となった場所です。

法然(ほうねん)は鎌倉時代に鎌倉新仏教の一つ、浄土宗(じょうどしゅう)を設立したと学校の教科書で習いました。
浄土宗の特徴は人は誰しも「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えることで、死後に地獄ではなく極楽に行くことができると説いたことです。

法然が登場するまでの仏教は、僧侶となって厳しい修行に取り組むか、お寺にお金を寄付する人しか死後に極楽に行くことができないと考えられていました。
そのため仏教は庶民を相手にせずにお金持ちの貴族達が触れるこのできる世界でしたし、仏教界もお金を持つ貴族しか相手にしてきませんでした。
法然の石像
▲知恩院にある法然の石像

仏教を庶民のものへと変えた。

しかし法然はそれまでの常識は間違っており、仏様はお金の有無で人を差別するような存在ではなく、貧乏な人も救ってくれる存在のはずだと訴えたのです。

厳しい修行は必要ない、ただただ仏様の存在を信じて南無阿弥陀仏と唱えるだけで良いとしたのです。
このシンプルな教えに当時の多くの人達は法然を支持し、どんどん旧来の仏教信者は法然の浄土宗信者へと代わっていきました。

そうなると困るのが旧来の仏教界です。自分達にお金を寄付してくれる信者が減れば、自分達が生きていけません。
そこで延暦寺などが法然が言っていることはデタラメな嘘だと訴えます。
延暦寺は法然が嘘を言っていることを大勢の人の前で晒すために、法然と仏教について議論する場をここ勝林院に設けました。
勝林院証拠の阿弥陀
▲証拠の阿弥陀像

大原問答

延暦寺は高名の僧侶である顕真を呼び、法然と議論することにしました。
顕真は法然が適当なことを言っていると問い詰めますが、法然が答えること全て理路騒然としており、その場に集まった聴衆は法然の言うことに感嘆しました。

逆に顕真が法然によってねじ伏せられてしまったのです。
この出来事は大原問答と呼ばれ、法然の存在を世の中に知らしめた出来事として歴史に名を残しました。

また勝林院の本堂には証拠の阿弥陀と呼ばれる仏像が安置されており、大原問答の際に仏像が光輝いて法然にその光が灯されたことから、法然の言うことを仏様が認めたとする伝説が残っています。

法然の出現によって声明は衰退し、代わりに念仏を唱えることが世の中に広まる機会となりました。
勝林院は学校の教科書には登場しませんが、歴史に名を残した法然が活躍した場所でもありました。

勝林院へのアクセス方法

勝林院は大原にあることから最寄りに電車が通っていません。そのため京都駅からバスか車で行くしかありません。
バスで行く場合は京都駅前のバスターミナルから大原行きのバスに乗りましょう。
(京都駅から大原バス停。乗車時間:1時間。乗車賃:550円)

大原バス停からは歩いて約15分ほどで勝林院に到着です。
バス停を降りると三千院へ続く道は看板を見たり、人の流れについていけば迷うことはありません。バス停を降りる人は全て三千院への観光客だけですので。(^^♪