京都の歴史修学旅行レポート

京都城南宮の歴史|平安京の南の守り神から鳥羽伏見の戦いまで

城南宮しだれ梅と椿祭

城南宮石碑
▲石碑

城南宮の歴史を修学旅行レポートにて。

今回は城南宮の歴史について。

城南宮は京都市の南端にある神社。
交通安全のご利益がある神社です♪

城南宮の歴史

①平安京遷都以前に建てた
②院政時代は別荘地
③鳥羽伏見の戦い勃発の地

城南宮の鳥居
▲鳥居

誰が何のために城南宮を建てのか?

城南宮は794年に平安京遷都と同時に建てられました。
それ以前からこの地に神社があったと伝わりますが、
城南宮としては794年に創建されました。

当時は都の南側の守り神として。
風水的な意味合いで建てられました。

ちなみに平安京の東西南北の方向に神社があります。
北側は上賀茂神社、東側は八坂神社、西側は松尾大社です。

白河天皇陵
▲白河天皇のお墓
城南宮しだれ梅と落ち椿
▲庭園

鳥羽離宮として別荘エリアに開拓

城南宮のあるエリアは平安時代には大きな池(巨椋池)が広がっており、
天皇や貴族たちが訪れて船遊びを楽しむ別荘地として発展していきました。

白河天皇や白河天皇の孫である鳥羽天皇は城南宮の辺りで生活を送りましたので。
城南宮の近くには白河・鳥羽上皇のお墓もあり、
当時の天皇や貴族達とも繋がりの深いエリアであることが伺えます。

城南宮鳥羽伏見の戦い開戦の地
▲開戦の地

鳥羽伏見の戦い開戦の地

また戊申戦争において、
江戸幕府軍と明治新政府軍が最初に戦った鳥羽伏見の戦いの地として有名です。

城南宮に陣取っていた新政府軍から幕府軍に対して大砲が撃ち込まれたことから、
鳥羽伏見の戦いの開戦地でもあります。

薩摩藩伏見屋敷見取図

▲寺田屋事件で襲撃された坂本龍馬が運び込まれた。

薩摩藩伏見屋敷見取図が一般公開中

また最近では幕末において坂本龍馬が寺田屋で幕府側の刺客から襲撃された寺田屋事件の際に負傷した龍馬が治療のために運び込まれた薩摩藩伏見屋敷の見取り図が発見されたことから一般公開されております。

城南宮駐車場で車のお祓い
▲城南宮駐車場で車のお祓い

車のお祓い

城南宮は交通安全のご利益があることでも知られており、車のお祓いをするなら城南宮に行けば良いとも言われています。

私が城南宮を訪れた時には丁度、夏越しの祓えの時期だったこともあり城南宮の駐車場には巨大な茅の輪が設置されていました。
初めて車向けの大きな茅の輪を見たのですが、何だか滑稽な風景でした。笑
城南宮夏越の祓え
▲夏越しの祓え

期間中は無料でお祓いもして頂けるので、是非車で京都を訪れる際は京都南インターからすぐ近くにある城南宮でお祓いをしていくのも京都観光らしくて良いかもしれませんね。

城南宮へのアクセス方法

京都駅から城南宮へは近鉄電車で竹田駅で下車後、徒歩20分程で到着です。また京都駅から市バスの19系統に乗り城南宮で降ります。(1時間に1本運行。)

城南宮の周辺に観光名所が無いので、一緒に多くの観光名所を巡りたい場合は城南宮を選ぶと大きく時間をロスするのでおススメできません。院政に興味があるとか、幕末の鳥羽伏見の戦いに興味があるなど、城南宮に参拝する目的が特に無い人は他の場所を巡ると良いと思います。