京都の歴史修学旅行レポート

醍醐寺の歴史を修学旅行レポートとして提出します。

醍醐寺の五重塔

醍醐寺の五重塔
▲醍醐寺の五重塔

醍醐寺の歴史を修学旅行レポートにて。

こんにちは。
今回は世界遺産にも登録されている醍醐寺の歴史について記事にしました。

醍醐寺(だいごじ)と言えば、京都では桜の名所として有名なお寺です。
醍醐寺は昔から桜の名所として知られており、戦国時代の豊臣秀吉が「醍醐の花見」と言われる大イベントを醍醐寺で行ったことでも歴史に名を残しています。

醍醐寺は平安時代からこの地に存在する京都の中でも古い歴史を持ち、世界遺産にも登録されています。
京都には全部で17ヵ所の世界遺産が登録されていますが、他県にお住まいの方で醍醐寺の存在を知っている人は少ないのではないでしょうか?あくまで私の主観ですけども。(^^;)

京都の世界遺産と言えば、清水の舞台で有名な清水寺や、金閣寺や銀閣寺、石庭で有名な龍安寺、徳川家康が建てた二条城、京都駅から見える五重塔が印象的な東寺などなど、醍醐寺よりも存在感の大きな名所が多過ぎて、わざわざ醍醐寺に行く人は少ないのではないでしょうか?

そこで今回は醍醐寺の歴史について修学旅行レポートを担任の先生に提出つもりで記事にしてみました。

醍醐寺仁王門参道
▲仁王門へと続く参道 春には桜並木となります。

いつ、誰が醍醐寺を建てのか?

醍醐寺の歴史は平安時代の874年に僧侶の聖宝によって建てられたことに始まります。

醍醐寺は真言宗に属するお寺の通り、空海の思想を受け継ぐ寺院です。醍醐寺の後ろにそびえる醍醐山の中で創始者の聖宝は修行を行いながら、次第に多くの弟子や支持者を持つことで発展を遂げていきました。

時代を経て山の麓に現在の醍醐寺が建設されまして、醍醐寺は山の中にある上醍醐と山の麓にある下醍醐に境内が分かれている特徴があります。
上醍醐の境内までは下醍醐から約1時間をかけて登山する必要があり、醍醐寺の原点である上醍醐まで参拝したい方は心構えが必要となっております。
上醍醐登山口
▲上醍醐へ続く登山口

上醍醐へは約1時間の山登り。

登山受付は午後2時に締め切りとなっていますので、午前中に入山受付を済ませて午後には下山する必要があります。
ちなみに私は上醍醐にはまだ行ったことがないので、準備をしていつかの連休に登ってみたいと思います。

三宝院の唐門
▲三宝院前の唐門

秀吉による醍醐の花見

平安時代に建てられた醍醐寺ですが、室町時代に起きた応仁の乱によって五重塔以外の建物が全焼してしまいますが、豊臣秀吉によって多くの建物が再建されました。
下醍醐での見所のメインとなる三宝院や金堂、五重塔はすべて秀吉によって再建や修復された建物となっています。

また桜の名所として有名な醍醐寺は、秀吉によって多くの桜が植えられています。秀吉は豪華で派手なイベントをしたことで知られていますが、醍醐の花見は秀吉が開催したイベントの中でも最大級の豪華さでした。

秀吉の正室である北政所(ねね)、側室の淀殿や諸大名の女房など約1300人を引き連れて盛大な花見を醍醐寺で行いました。
醍醐寺で花見をすることを思いついた秀吉は、日本中から有名な桜の木を運んできては醍醐寺の境内に700本の桜を植えました。
三宝院の庭園
▲三宝院の庭園

秀吉にとって最後の一大イベントだった。

また花見を楽しむための建物を新たに整備し、秀吉自ら醍醐寺に下見にやって来ては庭園の設計なども行ったと言われています。
そのため花見の当日は人々で賑わい、当時の社会ではあまりに豪華なイベントだったことを伝える文献や絵画が現在も残っています。

花見の様子を描いた醍醐花見図屏風には、美しい桜と美しい女性達が花見を楽しそうに行う様子が描かれていますが、醍醐の花見が行われた時の秀吉は高齢となっており、絵の中では覇気が無く、よぼよぼの老人のように描かれていることが印象的です。

秀吉は醍醐の花見が行われた5か月後に亡くなりましたが、自分の死期が近いことを感じる秀吉には、この先の未来に徳川家康によって豊臣家が滅亡することが見えていたのでしょうか?

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三宝院の庭園2
▲国の特別名勝に指定されている

三宝院エリア

三宝院は1115年に創建され、1598年に豊臣秀吉によって整備されました。三宝院の目の前には美しい庭園が広がっていまして、この庭園は秀吉によって設計され国の特別史跡・特別名勝に指定されています。

また三宝院の表書院は重要文化財にも指定されていまして、秀吉の美的センスを伝える重要な場所となっています。
秀吉と言えば貧しい農民出身であり、上司である織田信長から「猿!」と呼ばれながらも泥臭く出世していった印象を持っているのですが、三宝院の美しい庭園や建物を眺めていると秀吉が芸術面での美的センスも持ち合わせていたことが伺えます。

出世するうちに千利休など文化人と交流する内に、教養や芸術的センスも磨かれていったのでしょうか。
醍醐寺金堂
▲醍醐寺の金堂

伽藍エリア

醍醐寺の本堂である金堂や五重塔、仁王門があるのが伽藍エリアです。
五重塔は京都では最古の木造建築物になりまして、京都駅から見える東寺の五重塔よりも木造建築としては歴史が古い建物になります。

五重塔は平安時代に朱雀天皇が父親である醍醐天皇を弔うために建築した建物となっており国宝にも指定されています。
醍醐寺五重塔下から
▲五重塔
醍醐寺は応仁の乱によって五重塔以外の建物が一度全焼していまして、秀吉の命令によって国宝である金堂は和歌山県の歴史あるお寺を移築しました。金堂にある薬師如来坐像は病気を治癒する仏様として人々の信仰を集め、重要文化財に指定されています。

醍醐寺へのアクセス方法

京都駅から醍醐寺へはJRで山科駅まで行った後に、市営地下鉄の東西線に乗り換えて醍醐駅で降りすのが良いかと思います。
醍醐駅から歩いて約10分ほどで醍醐寺に辿り着くことができます。

京都駅からJR山科駅までは新快速電車に乗ると1駅、乗車時間5分、乗車賃190円。
山科駅で地下鉄に乗り換え後、醍醐駅までは4駅、乗車時間8分、乗車賃260円になります。
醍醐寺仁王門
▲醍醐寺仁王門から伽藍エリアへ。