京都の歴史修学旅行レポート

京都寺田屋は偽物で異論なし。修学旅行レポート提出します。

寺田屋刀傷

寺田屋看板
▲寺田屋の看板

寺田屋は偽物なのか?

こんにちは。
今回は京都にある観光名所の寺田屋にまつわる偽物疑惑について記事にしました。

寺田屋とは江戸時代末期の幕末に維新志士達も利用していた宿のことで、薩長同盟を実現させたことで有名な坂本龍馬が宿泊していた時に、江戸幕府からの刺客に襲われて間一髪脱出したエピソードの舞台となった場所です。

坂本龍馬と言えば、おそらく日本人から最も人気のある歴史人物ではないでしょうか?坂本龍馬を題材にした大河ドラマやテレビ番組、小説や漫画などもたくさんありますよね。

歴史小説家として有名な司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」や2011年のNHK大河ドラマでは福山雅治さんが主演で「龍馬伝」が放送されるなど話の主役になれる人物です。
そのため坂本龍馬ファンにとっては、京都の寺田屋は京都旅行で訪れる場所としては外せない場所となっており、現在でも龍馬ファンが多く訪れる観光スポットとなっています。

寺田屋は現在も建物が残っておりまして、寺田屋内部を見学することが可能です。
寺田屋お風呂
▲寺田屋にあるお龍さんのお風呂

龍馬ファン必見のあの名場面を体験できる

坂本龍馬を題材にした大河ドラマや漫画などで必ず描かれるシーンがありまして。
薩長同盟を無事に結び終わった坂本龍馬はその日に寺田屋に宿泊をして2階の部屋で休んでいました。

そして1階では後に龍馬の奥さんになる、お龍さんがお風呂に入っていると家の外から何やら外に何人もの人の気配に気づきます。
何だろうと思い静かにお風呂の窓から外を確認すると、武器を手にした人達が大勢集まっているではありませんか。

お龍さんは龍馬の命を狙いにきた刺客ではないかと察して、急いでお風呂から飛び出して龍馬のいる2階へ駆け上がります。
するとスッポンポンのお龍さんが突然部屋に入ってきたので龍馬は一体何事かと驚きましたが、状況を確認した龍馬は寺田屋から間一髪で脱出することに成功できたのでした。
寺田屋階段
▲寺田屋内の階段

大河ドラマではお龍さん役を誰が演じるかが注目の的

このお龍さんの大胆で機転の利いた行動により龍馬を救うことに繋がったことと、テレビドラマで放送する場合はお龍さん役を誰が演じるのかが注目の的になります。(^^;)

そして寺田屋には現在もお龍さんがその時に入浴していたお風呂が展示されているだけでなく、刺客たちが寺田屋に侵入してきた後に龍馬と争った刀傷や銃の弾痕が残っていることから坂本龍馬ファンにはたまらない観光名所となっているのです。

しかし。。。
寺田屋にはある疑惑があります。それは寺田屋は龍馬が襲われた当時の建物ではなく、後から再建された建物であるということです。
つまり寺田屋にある刀傷や弾痕、そしてお龍さんが入っていたお風呂は実は偽物であるという疑惑です。

いったいどういうことなのか?寺田屋を実際に訪れてみると偽物だなんて感じません。
でも帰ってインターネットで調べてみると、どうやら寺田屋は当時のままではないようです。(^^;)
そこで今回は寺田屋が偽物なのかどうかを修学旅行レポートとして記事にします。
寺田屋刀傷
▲寺田屋内の刀傷

ことの発端は週刊誌から。

実は2008年に週刊誌において寺田屋が偽物であるという記事がきっかけで、テレビのワイドショー等で当時に話題になったようです。

世間を賑わす話題になったことで、当時の京都市では市が管理する観光情報サイトや雑誌などでも寺田屋の建物は幕末当時のままであると記載していたこともあり、京都市自らが責任を持って寺田屋を調査することにしました。

そして京都市が出した結論は「寺田屋は再建された建物である」です。

そのため京都市は市が管理するホームページ等で掲載されている寺田屋の情報について再建された建物であることを明記する訂正文を記載しました。
さらに京都市は寺田屋に対して、あたかも建物が幕末当時のままであるかのような説明を停止するように求めたのでした。。。

つまり寺田屋が偽物かどうかの結論は既に2008年に出ているのですが、念のため寺田屋が再建された建物であることを示す証拠を確認してみました。

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寺田屋弾痕
▲弾痕

明治時代に建てられた寺田屋のすぐ隣にある石碑に「寺田屋址」と書いてある。

寺田屋のすぐ隣には「薩摩九烈士遺蹟表」と書かれた大きな石碑があります。
この石碑は同じく幕末の寺田屋で起きた薩摩藩士同士の切り合い事件について書かれた石碑になりまして、主な内容はその薩摩藩士達を称える内容となっています。

そして石碑に書かれた文章の中に「寺田屋址」という漢字が使用され、内容として「この石碑は明治27年(1894年)に寺田屋の跡地に建てました」と書いてあります。

さらに「寺田屋址」の「址」という漢字は、建物が亡くなった跡地という意味で使用される漢字であることと、寺田屋はそもそもこの石碑が建っている場所にあったことが示されることから現在の寺田屋は再建されたものである推測されます。
寺田屋龍馬宿泊部屋
▲寺田屋

鳥羽伏見の戦いで被災して火事になった地域を示す地図に寺田屋が含まれている。

江戸幕府軍と新政府軍が戦った鳥羽伏見の戦いにおいて、寺田屋のあるエリアが戦争に巻き込まれて火事になったことが当時の新聞に記載されていました。

当時の新聞が残っていまして、そこには火事の被害を受けたエリアが地図で記載されており寺田屋も対象エリアに含まれていました。
そのため寺田屋は鳥羽伏見の戦いで火事に遭ったことが推測されます。
寺田屋内部
▲色んな展示物がてんこ盛り

明治時代初期に生きた西村天囚という漢学者が書いた旅行記に寺田屋が焼けて何もなかったと記載されていた。

明治時代初期の学者であり、京都大学の講師を勤められた西村天囚という方が残した「紀行八種」というエッセイに、寺田屋を訪れてみると被災によって何も残っていなかったと書いてあることから、寺田屋が再建されたことが推測されます。

現在の登記簿に明治時代に登録されたことが書かれている。

登記簿とはその土地や建物が誰の所有物かなどを国に登録する文書になりますが、寺田屋の登記簿には明治時代に新規で登録されたことが示されており、さらにお龍さんが入浴したとされるお風呂はさらに後になってから登録されていることが書いてあるそうです。
つまりお風呂は確実に後から再建したということです。

また現在の寺田屋は当時の寺田屋を経営してきた一族とは全く関係の人が経営をしていまして、司馬遼太郎さんが「竜馬がゆく」を連載を始めた昭和37年(1962年)に経営権を譲り受けた人がおり、その人によって寺田屋は観光名所色が強まりました。

つまり色んな資料から寺田屋が鳥羽伏見の戦いで全焼したことが言及されていることから、寺田屋は当時のままの建物ではないことが証明されたという訳です。
寺田屋前
▲寺田屋前の景色

寺田屋の言い分

寺田屋としては、鳥羽伏見の戦いで全焼はしておらず、一部資材を再利用しているので偽物ではないとのことです。なので刀傷や銃痕は被災せずに済んだということですね。。。

本物だと信じて観光したら、後から偽物だったと知るのは残念ですけども、私個人的には寺田屋事件の雰囲気を楽しむことができました。
ですので一種のアトラクションくらいに割り切って楽しめば良いのではないでしょうか?
大西郷という虚像
ちなみに最近読んだ「大西郷という虚像」という本では寺田屋について記載がありまして、寺田屋は偽物であるとバッサリ書いてありました。。。

寺田屋へのアクセス方法

京都都から近鉄電車で桃山御陵前で降りてから歩いて15分ほどで到着。
寺田屋の近くは京都では日本酒の産地として知られていますので、酒蔵やお土産に日本酒を買うのもおススメです。
また桃山御陵には明治天皇のお墓である桃山御陵もありますので幕末好きの方は是非一緒に巡ってみてはいかがでしょうか。

桃山御陵前駅には京阪電車の伏見桃山駅が隣接していますので、帰りは伏見桃山駅から千本鳥居で有名な伏見稲荷大社を見るために伏見稲荷駅で下車、伏見稲荷を見終わったら祇園四条駅まで行くと京都の繁華街でお買い物やご飯を食べることができます。さらに体力と時間があれば清水寺まで巡ることができますよ。