京都の歴史修学旅行レポート

京都の足腰神社の歴史を修学旅行レポートとして提出致します。

足腰お守り

護王神社鳥居▲護王神社の鳥居

足腰の守護神こと護王神社の歴史を修学旅行レポートとして。

こんにちは。
今回は京都で足腰にご利益があることで知られる神社こと、護王神社の歴史について記事にしました。

護王神社(ごおう神社)は足腰の健康にご利益があることで知られており、お年寄りからスポーツ選手まで足腰の痛みを治したい人や健康を願う人が多く参拝に訪れます。
護王神社では通常の神社の参道を守る狛犬が猪になっていることも特徴的です。

一体どうして狛犬ではなく猪なのか?
護王神社の歴史を知らなくても、たくましい猪の足腰を見ていると足腰にご利益がありそうです。
今回は護王神社の歴史を修学旅行レポートとして学校の担任の先生に提出するつもりで記事にしてみました。

護王神社狛猪▲狛犬ならぬ狛猪

誰が護王神社を建てのか?

そもそも護王神社には和気清麻呂(わけのきよまろ)という奈良時代から平安時代を生きた人物を祀る神社として建てられました。

和気清麻呂とは高校の日本史の教科書に登場した人物で、宇佐八幡宮神託事件(うさはちまんぐうしんたく事件)と呼ばれる歴史上の事件で活躍した人物でした。
明治時代には10円札に和気清麻呂が描かれるほどの歴史上の人物でしたが、現代では高校で日本史を専攻しなければ名前を聞くこともありません。

戦前には多くの国民が和気清麻呂の功績を知っていました。
そして護王神社は和気清麻呂の功績を称えた江戸時代の天皇である孝明天皇によって建てられたのでした。

和気清麻呂のお札
▲和気清麻呂が印刷された10円札

なぜ足腰の健康にご利益があると言われるのか?

通貨に肖像画が描かれるほどの人物だった和気清麻呂が活躍した宇佐八幡宮神託事件を知ると、護王神社と足腰の健康のご利益との関係性が理解できます。

宇佐八幡宮神託事件とは、奈良時代に起きた天皇家の存続危機事件でした。
現在の天皇家こと皇室は、天皇の父親をさかのぼると少なくとも約1500年前まで血筋が繋がっていると言われていますが、もし和気清麻呂が宇佐八幡宮神託事件で活躍しなければ現在の皇室は存続していなかった可能性があります。

当時の天皇である称徳天皇は女性であり、不運にも男の子を産むことができなかったために自分の子供を天皇にすることが叶いませんでした。
そのため称徳天皇とは親戚に当たる子供達が次の天皇を継ぐことになりました。

しかし当時の次期天皇争いは現在と違い生死を伴う激しいもので、天皇になるかならないかで金持ちになるか貧乏になるかが決まります。自分の子供に次期天皇を継がすことができれば自分も父親や祖父として豊かな生活を送ることができました。

もし自分に男の子が生まれず、弟には子供ができて次期天皇になれば自分は一気に貧乏になることも多々ありました。
それだけでなく貴族達の中にも派閥があり、兄と仲の良い貴族や弟と仲の良い貴族もいますので、兄弟で次期天皇を争う時は天皇家だけでなく貴族達も裏で暗躍しました。
つまり暗殺したり、無実の人を大事件の犯人に無理やりしてしまう陰謀などが何度も起きていました。

護王神社と拝殿
▲拝殿

称徳天皇と道鏡のただならぬ関係

そのような争いばかりの状況で、称徳天皇はある一人の男性に恋をしました。
道鏡(どうきょう)いう名の僧侶が称徳天皇が病気になった際に、称徳天皇の看病をして病気を治癒し、称徳天皇から厚い信頼を得るに至りました。

しかし2人の関係はどうやら恋人以上の関係にまで盛り上がってしまったようで、称徳天皇は道鏡を僧侶の地位から法王という今までになかった新しい地位を与えるだけでなく、次の天皇候補を次々に失脚させていき、道鏡にどんどん権力が集まるようにしていきました。

道鏡に誰も逆らえないようになる中で、大分県にある宇佐八幡宮の神様が次の天皇を道鏡にすると世の中が平和になるという都合のよいお告げがあったという情報が称徳天皇の元に届きました。

称徳天皇は嬉しいニュースに喜びましたが、天皇は天皇家の血筋から選ばれるという伝統を破っていいものかと不安になり、もう一度宇佐八幡宮の神様にお告げを確認することにしました。

そして都から宇佐八幡宮に派遣されることになったのが和気清麻呂です。
護王神社の本殿
▲本殿

和気清麻呂の功績

都を出発する前に道鏡が和気清麻呂の元を訪れ、道鏡を天皇にするお告げが正しいと言ってくれれば和気清麻呂を出世させてやろうと伝えました。

和気清麻呂は宇佐八幡宮を訪れると、道鏡の弟が宇佐八幡宮で働いていることを知るだけでなく、神様からは天皇は天皇家から選ばれるべきというお告げを受けました。

しかし道鏡の言う通りにしなければ命は無いことを覚悟しましたが、和気清麻呂は都に戻ると称徳天皇と道鏡に宇佐八幡宮の神様のお告げを報告しました。
すると報告を聞いた道鏡は怒り狂い、和気清麻呂の足の筋を刀で切り裂き、和気清麻呂を歩けない体にしてしまいました。
さらに和気清麻呂は罰として九州に左遷させられることになり都を去ります。
しかし道鏡は和気清麻呂を許さず、清麻呂を九州の地で処罰する暗殺部隊を派遣しました。
足腰お守り
▲足腰お守り

和気清麻呂と猪

道鏡によって足の筋を切られて足が不自由になった和気清麻呂に迫る道鏡の暗殺部隊。
当時は左遷を言い渡された者は左遷地に到着する途中で何者かに暗殺されることもよく起きており、和気清麻呂も九州に着く前に死を覚悟しました。

しかし絶対絶命の中でどこからともなく猪の大群が現れ、立つことのできない和気清麻呂を背中にのせて猪の大群はその場を去っていきました。
それだけでなく猪の大群によって目的地に到着した和気清麻呂は、何故か一人で立てるようになっており、足の怪我が治癒してしまいました。
この話が元となり和気清麻呂を祀る護王神社は猪と結びつきました。
和気清麻呂像
▲和気清麻呂像

猪の正体

ちなみに猪の正体は皇室の危機を救った和気清麻呂を助けた人達がいて、作り話として人間ではなく猪の大群が助けた話になったと言われています。

称徳天皇と道鏡のやり方に反発する勢力がたくさんいたということです。
そして都では道鏡は失脚することとなり、関東地方へ左遷されて亡くなりました。

和気清麻呂の皇室を救った功績が称えられたことにより、戦前は通貨の肖像画が描かれるほどの国民的英雄になっていました。
しかし戦後になると、天皇を神様のように過剰に祀ることは良くないこととされ、和気清麻呂の存在感は薄くなり現代ではあまり知られる人物ではなくなりました。

護王神社へのアクセス方法

京都駅から護王神社へは市営地下鉄で行くのが良いです。
京都駅から市営地下鉄の烏丸線(からすま線)に乗り、丸太町駅で下車後に徒歩5分ほどで到着です。
(京都駅から丸太町駅まで4駅。乗車時間約10分。乗車賃:260円)

護王神社の目の前は京都御所になりますので、一緒に観光することがおススメです。